うかい.com

高校生になってもお気楽なうかいです。

震災から五年

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震及びそれによる東日本大震災」から5年を迎えます。

今年の3月11日はあの日と同じ金曜日。カレンダーで曜日が一周したことになります。しかし、4自治体で2020年も仮設住宅を継続して設置するなど、全地域での復興はまだまだ遠い道のりであるのが現状です。


私はまだ小学5年生で、14時46分のそのときは、小学校の理科室で実験の最中でした。鮮明に覚えています。立っていてすぐに感じた、少しの間の微動。「揺れてねー?」などと呑気な言葉が飛び始めたその瞬間から、経験したことのないほどの揺れが襲いました。私の地域では震度5弱程度でしたが、揺れ、一斉停電...突然の出来事の連続に泣き出す人も。
大規模な停電も体験したことがなく、家中の懐中電灯を探し回ったり、アルミホイルで光を反射させて明るくしようとしたり、テレビも見れないのでラジオをつけたり。電気が復旧し、テレビをつけると映っていたのが、津波が押し寄せた被災地の凄惨な光景。ショックという言葉が正しいのでしょうか、ただただ無心にその画面を見ていました。

中学校の生徒会では気仙沼市内の中学校はじめ周辺地域への復興支援活動を行っており、私も生徒会役員としての2年間を中心に活動に携わってきました。募金活動や使用済インクカートリッジ回収活動、花やメッセージをおくる活動、地域での活動の発信など。またその中で支援先の中学校の方々とテレビ電話を通じて直接お話しする機会もありました。同年代の気仙沼の人々の生の声は、テレビを通してだけでは伝えられ得ないものがあったと思います。


現在もその中学校の復興支援活動は継続していますが、時が流れるにつれ、地域的にもその意識は薄れつつあるのが現状。これが大きな壁になっています。

被災地の方々の願いは
「あの日を忘れないでほしい」

地震津波による家屋や学校などの倒壊、原発事故被害などを間近で経験しているわけではない以上、私には「彼らの辛さはわかる」などと偉そうなことは言えません。

しかし「忘れない」ことならできるはずです。

それは「3.11 東日本大震災」という「過去に起こった出来事として憶えている」という意味ではありません。たとえあの日、あなたに直接的な被害がなかったとしても、あの時の被災地の光景を(テレビでの報道などを含め)一度でも見て、少なからずショックを感じた筈です。その地の人々は今もなおそれによる仮住いなどの厳しい現状を強いられ、またそうでなくとも心に計り知れない傷を負っています。そのことを心に留めていくことが「忘れない」ということだと思っています。